『釧網本線駅巡り』-知床斜里駅-
こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。
今回は、「知床斜里駅」(斜里郡斜里町港町17)を紹介します。
本駅のすぐ近くに「道の駅 しゃり」があります。昨晩の車中泊は、そこを利用させていただきました。
「道の駅 しゃり」です、建物もトイレも大へんきれいでした。
本駅の大まかな成り立ちを紹介します。
・1925年(大正14年):国有鉄道の一般駅「斜里駅」として開業する。
・1932年(昭和7年):殖民軌道斜里線が知布泊(ちぷどまり)駅まで開業する。
・1953年(昭和28年):斜里線が廃止される。
・1957年(昭和32年):根北線が越川駅まで開業する。
・1970年(昭和45年):根北線が廃止される。
・1987年(昭和62年):国鉄分割民営化によりJR北海道に継承される。
・1998年(平成10年):「知床斜里駅」に改称する。
・2007年(平成19年):町の観光センターとの複合駅舎に改築される。
駅のホームから斜里岳がくっきりと見えていました。
2面3線の島式ホームと単式ホームをもつ地上駅で、ホームの連絡には跨線橋を利用します。
※「殖民軌道/簡易軌道」とは、北海道の開拓地の交通手段として発達した軌道です。殖民軌道は1924年(大正13年)の根室線に始まり、根釧地方や宗谷地方等で建設されました。戦時中に「簡易軌道」と名称が変更されました。
※「殖民軌道斜里線」は、斜里駅(現在の知床斜里駅)から海岸沿いに東へ進み知布泊駅を結んでいた路線です。斜里駅前から知布泊までの約18㎞程の「馬力線」でした。JRの一般的な線路幅が1067mmですが、殖民軌道のそれは762mmだったそうです。
大きな「オジロワシ青銅像」が駅前広場にありました。
青銅製というのに、画像のように向こうが透けてみえるのです、ビックリ!!
※「馬力線」とは、馬が台車や客車を牽くものです。でも、馬力線ばかりではなくガソリン機関車牽引の動力車もありました。簡易軌道になると、ディーゼル機関車や自走客車というレールバス、原乳を運ぶミルクタンク車等がありました。
※「根北線」は、斜里駅(現在の知床斜里駅)から越川駅を結んでいた日本国有鉄道の鉄道路線です。赤字線に指定されたため1970年(昭和45年)に廃止され、わずか13年という短い期間の路線でした。
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