『釧網本線駅巡り』-網走駅-
こんにちは、ご訪問ありがとうございます。
今回から「釧網本線駅巡り」として、その駅の紹介も始めます。これまで、釧網本線の駅にも訪れていたのですが、うっかり紹介していませんでした(すいません)。これから他の線の駅同様に紹介していきますので宜しくお願いします。
今回は、「網走駅」(網走市新町2丁目)を紹介します。
まず、「網走市」は初めて登場しますので、網走市について簡単に紹介したいと思います。故・高倉健さんの東映映画「網走番外地」や「網走監獄」等ですでに全国的に有名な「網走」です。
その名の由来は、アイヌ語の「ア・パ・シリ」(我らが見つけた土地)や「アパ・シリ」(入口の地)等から来たものとされています。オホーツク海に面していて、能取湖、網走湖、濤沸湖(ラムサール条約湿地に登録)等の湖が複数あります。
丘陵地が多く、内陸部には森(天都山:207m)や農村地帯も広がっています。観光客数は年間120万人から180万人と言われ、やはり何といっても「観光の町」と言えるでしょう。道内有数の畑作地帯でもあり、麦・馬鈴薯・テンサイ等を大規模農業で生産しています。
また、海があり湖も多いことから漁業も盛んで、ホタテ・カニ・ワカサギ・シジミ等沿岸漁業・養殖漁業・内水面漁業等が行われています。観光資源等も多くありますが、また何かの機会に紹介したいと思います。さらにお知りになりたい方は、「網走市の公式サイト」(☚クリックすると、ページが表示されます)をご参照ください。
さて、話題を駅に戻します。網走駅には「石北本線」(新旭川駅から網走駅)と「釧網(せんもう)本線」(東釧路駅から網走駅)の2路線が乘り入れています。そして、複数の路線が乗入れ乗換をする「最北の駅」です。1987年(昭和62年)までは、「湧網(ゆうもう)線」も当駅で分岐していました。
駅の簡単な歴史として(「ウィキペディア」より)
・1912年(大正元年):鉄道院(後の鉄道省)により一般駅として設置される
・1931年(昭和6年):網走本線、本駅から札弦(さっつる)駅間が釧網線に編入されることにより、本駅が網走本線と釧網線の境界駅になる
・1932年(昭和7年):現在地に2代目網走駅が設置される(初代網走駅は、浜網走駅(昭和59年廃駅)に改称)
・1935年(昭和10年):湧網東線(後の湧網線)開業される
・1949年(昭和24年):日本国有鉄道に移管される
・1961年(昭和36年):網走本線の北見駅・本駅・浜網走駅間が石北本線になる
・1977年(昭和52年):駅舎改築される
・1987年(昭和62年):湧網線が廃止される、国鉄分割民営化によりJR北海道に継承される
2面3線の単式・島式のホームがある地上駅で、ホームの連絡には跨線橋を使います。
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