『富良野線駅巡り』-千代ヶ岡駅-
こんにちは、ご訪問ありがとうございます。
今回は、「千代ヶ岡(ちよがおか)駅」(旭川市西神楽1線24号)です。本駅は、国道237号線に面していますので、とても見つけやすいく助かりました。
駅に着くと、ホームに列車が入っていましたので、「チャンス! 発車する前に撮影したい!」と、急いでホームに向かいました。
息せき切って駅舎内からホームへ出て、焦りながらカメラを向けました。でも、不思議なことに列車はまだ停車したまま。普通はとっくに発車してもおかしくないのですが…。ところが、その1両の列車はなかなか出発しません。
せっかく停まってくれてるので、動画に切り替えて、撮りながら様子をみてました。そしたら、旭川方面から別の列車が来ていることに気がつきました。それで納得、あの列車をやり過ごすために、この列車は停車していたんだ…と。
その列車がホームに入ると、停まっていた列車が「待ってました!」とばかりにおもむろに動き出しました。「入ってきた列車は?」目を向けると、そそくさと発車して行きました(ちゃんとお礼言ったのかな…?)。
本駅の大まかな歴史です。
・1936年(昭和11年):鉄道省富良野線の一般駅として開業する
・1949年(昭和24年):日本国有鉄道に移管される
・1984年(昭和59年):簡易委託が開始される
富良野方面への線路(右側)の向こうには、十勝岳や富良野岳等の山々が見えています
・1987年(昭和62年):国鉄分割民営化のため、JR北海道に継承される
・1989年(平成元年):駅舎が改築される
1・992年(平成4年):簡易委託が廃止され、完全無人化となる
2面2線の相対式ホームをもつ地上駅(無人駅)です。ホーム間は構内踏切で連絡しています。
本駅名の由来は、駅裏一帯の高台がかつて宮内省(宮内庁の前身:~昭和22年)が管轄する「御料地」だったことから、「千代に八千代に繫栄する」ことを願って、「千代ヶ岡・八千代ケ岡」という地名を付けたことからきているそうです。
興味があったので調べてみました。明治の頃、岩村通俊や永山武四郎らが初めは「北京」(「京」とは国都)を、その後「上川離宮」(「離宮」とは天皇の別邸)の設置を計画し、現・東神楽町付近一帯を「御料地」(天皇の領地)としました。
その後詳細な調査を行い、現在の神楽岡公園付近が予定地に選定されたましたが、結果的には、うやむやのうちに計画は立ち消えになってしまったそうです。
「上川離宮設置計画」は歴史の中に埋もれてしまいましたが、上川神社の境内に「上川離宮予定地」の碑が建っているそうです。(「あさひばし」こうほう旭川市民 2007(平成19年)年10月号「特集 まちの不思議を探ってみよう」より)
ご訪問ありがとうございました。