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落合駅 こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。

 今回は、「落合駅」(空知郡南富良野町字落合)を紹介します。

        (訪問日:2016年(平成28年)7月下旬)

※ 本駅を取材してから早4年近くの歳月が流れています。

 「幾寅駅」の記事の中でも触れましたが、この「駅巡り」シリーズは取材した順ではなく、その線の「上り」もしくは「下り」順で紹介しているので、現在のその駅の様子とは異なることに触れました、ご了承ください。

 私が取材に訪れた時には知る由もありませんでしたが、その一月後には台風の影響により富良野駅~音別駅間が不通となり、その後も現在(2020年(令和2年))まで本駅を含む東鹿越駅~新得駅間が不通のままになっています。

落合駅 落合駅

落合駅         落合駅

落合駅 落合駅

 前回紹介しました「幾寅駅(いくとらえき)」を後にして、国道38号線を東へ向かいます。

 幾寅駅からおよそ10㎞ほど狩勝峠方面に進み、緩やかな左カーブへ入る手前の左手に本駅が見えてきました。

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

 こちら側が現在不通区間になっている新得駅方面です。 

 本駅の名前の由来についてですが、「空知川」と「ルウオマンソラプチ川」がこの地で合流することから「落合駅」の名前がつけられたそうです。

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

 本駅の大まかな成り立ちについて紹介します。

・1901年(明治34):北海道官設鉄道・十勝線の旭川~本駅間の開通に伴い一般駅として開業する。

・1905年(明治38年):官設鉄道に移管される。

・1907年(明治40年):本駅~帯広間開通によって旭川~釧路間が全通する。

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

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・1913年(大正2年):滝川~富良野間開通に伴い、路線組み換え、「釧路本線」(滝川~釧路)の駅となる。

・1921年(大正10年):釧路~根室全通に伴う線路名称変更により「根室本線」(滝川~根室)の駅となる。

・1946年(昭和21年):跨線橋が復元される。

・1966年(昭和41年)9月:新狩勝信号場を経由する新線が開業する。

落合駅 落合駅

落合駅 落合駅

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・ 同   年 10月:「新内駅(にいないえき)」経由の旧線が廃止される。

・1967年(昭和42年):構内に跨線人道橋が設置される。

・1982年(昭和57年):荷物扱いが廃止され、同時に無人化される。

・1987年(昭和62年):国鉄分割民営化によりJR北海道に継承される。

落合駅 落合駅

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落合駅 落合駅

・2016年(平成28年)8月:台風10号による大雨の影響により、最大で根室本線の富良野駅~音別駅間が不通になる。

・ 同   年 10月:東鹿越駅~本駅間で列車代行バスの運行が開始される。

・2017年(平成29年):前年の台風の影響で列車代行バス運行形態が変更され、東鹿越駅~新得駅間の運行が基本とされ、十勝方面への往来ができるようになる。

落合駅 落合駅

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落合駅 落合駅

島式ホームと単式ホーム2面3線のをもつ地上駅(無人駅)です。

※ ウィキペディアフリー百科事典「落合駅 」「北海道官設鉄道」「官設鉄道」「新狩勝信号場」「狩勝信号場」「新内駅」「狩勝線」「根室本線」「パーミル」を参考にさせて頂きました。

※ 「北海道官設鉄道」・・・1896年(明治29年)北海道鉄道敷設法が公布・施行、北海道庁がその建設にあたることとなり、函館本線、宗谷本線、根室本線(富良野線)などの一部を開業していきました。

※ 「官設鉄道」・・・1905年(明治38年)に北海道庁鉄道部が廃止され、逓信省鉄道作業局に移管され、北海道庁の管轄から逓信省の管轄となり、道外の国有鉄道と同様の扱いとなりました。

※ 「新狩勝信号場」・・・日本国有鉄道(国鉄)の信号場で1966年(昭和41年)に勾配の緩やかな新線ルートが開通したため、「狩勝信号場」(当時、南富良野村落合)が廃止されたのに伴い、新得町に新設されました。

※ 「狩勝信号場」・・・1907年(明治40年)落合駅と新内駅(狩勝峠(狩勝トンネル)の落合側)の間に、蒸気機関車への給水給炭施設として開設されました。1951年(昭和26年)からは旅客取扱いが開始され、単式ホームがありました。

 構内は通過可能なスイッチバックです。分岐器を挟んで引き上げ線が本線と並行し、着発線(2本)と留置線(1本)があり、X字状の配線になっています。列車交換あるいは待避を行う場合、落合側からの下り列車は一旦引き上げ線に入った後、後進で着発線に入り停車、新内線からの上り列車は着発線のどちらかに入る、というように行われます。

※ 「新内駅」・・・日本国有鉄道(国鉄)根室本線にあった駅(廃駅)です。1907年(明治40年)に新内信号所として開設され、1909年(明治42年)に一般運輸業を開始し新内駅になりました。

 1966年(昭和41年)新狩勝信号場経由の新線の開業に伴い旧線が廃止になり、本駅も廃止になりました。現在、駅跡はNPO法人「旧狩勝線を楽しむ会」により「旧狩勝線ミュージアム(資料館)」などに利用されています。(新型コロナウィルスの影響により2020年は閉館しているようです、詳しくは、「旧狩勝線を楽しむ会」で検索してみて下さい)

※ 「旧 線(根室本線旧線;通称・狩勝線)」・・・狩勝峠を有する根室本線旧線(落合駅~新得駅間)は急勾配(最大勾配25パーミル)・急カーブが多く(最小半径180mの連続、180度進行方向が変わる大きなカーブが4箇所ほどある)、狩勝トンネル内での煙害などのため輸送の障害となっていました。

 半面、落合駅から新内駅までの線路は、狩勝峠を越えていたので景色がよく日本新八景や「日本三大車窓」の一つとされていました。

※ 「25パーミル」・・・鉄道の勾配は25パーミルを限度とする原則で建設されています。1000m進むのに25m登ることになり、パーセントでいうと2.5%、角度では1.4度ということになります。

 鉄道は基本的に、鉄の車輪が鉄のレールの上を走り、両者が接している面積は直径1㎝ほどの楕円だそうです。因みに、自動車はハガキ1枚分ほどなので、鉄道の摩擦力の小ささがよくわかります。

 動力の馬力を上げたとしても摩擦力が小さいため車輪は空転してしまいます。わずか1.4度の角度ですが、鉄道にとってはこの勾配でも距離があると「難所」となるそうです。

 ご訪問頂きありがとうございました。

 

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