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抜海駅 こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。

 今回は、「抜海駅」(稚内市抜海字クトネベツ)を紹介します。

          (訪問日:2015年(平成27年)5月上旬)

 前回紹介しました「南稚内駅」を後にして、道道106号線を戻り南下します。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

 南稚内駅からおよそ11㎞ほど進むと、道道510号線に分岐する交差点があります。

 そこで左折しておよそ1㎞ほど進むと、本駅が見えてきました。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

 駅名の由来は、アイヌ語の「パッカイペ」(子を背負う・もの)あるいは、「パッカイスマ」(子を背負う・石)からです。

 抜海市街地のはずれにある「抜海岩」が子供を背負ったよう見えることから付けられたそうです。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

 本駅の大まかな成り立ちについて紹介します。

・1924年(大正13年):鉄道省天塩北線稚内駅(現・南稚内駅)-兜沼駅間が開通し開業に伴い一般駅として開業する。

・1926年(大正15年):天塩南線と天塩北線が統合、線路名が「天塩泉」に改称される。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

・1930年(昭和5年):天塩線が宗谷本線に編入される。

・1949年(昭和24年):日本国有鉄道(国鉄)に継承される。

・1977年(昭和52年):貨物取扱いが廃止される。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

・1984年(昭和59年):荷物取扱いが廃止される。その後、出札・改札業務が停止され旅客業務について無人化される。

・1986年(昭和61年):電子閉塞化に伴い完全無人化される。

・1987年(昭和62年):国鉄分割民営化によりJR北海道に継承される。

抜海駅 抜海駅

抜海駅 抜海駅

 2面2線の相対式ホームをもつ地上駅(無人駅)で、列車交換が可能な交換駅です。

 最北の無人駅、最北の木造駅舎です。

 ホーム間は構内踏切で連絡しています。

抜海駅         抜海駅

※ ウィキペディアフリー百科事典「 抜海駅」を参考にさせて頂きました。

 ご訪問頂きありがとうございました。

 

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