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旧島松駅逓所 こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。

 今回は、「旧島松駅逓所(きゅうしままつえきていしょ)」(北広島市島松1番地)を紹介します。[訪問日:2016年(平成28年)10月初旬]

 旧島松駅逓所は、北海道日本ハムファイターズが新球場を建設すると発表しました「北広島市」にあります。

 駅逓所とは北海道の開拓時代にできた施設で、明治から昭和初期まで北海道辺地の交通補助機関として宿泊・人馬継立・郵便などの業務を行った所です。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

 北海道内には旧島松駅逓所の他にも以前紹介しました旧奥行臼駅逓所(別海町)や旧ソーケシュオマベツ駅逓所(喜茂別町:北海道開拓の村に保存)など数カ所※1の駅逓所が今も保存されているようです。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所       旧島松駅逓所

 本駅逓所は、1973年(明治6年)に札幌本道(現・国道36号線)が開通した年に設置されました。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

 木造平屋建て、柾葺(まさぶき:屋根の葺き方の一種で、エゾマツやトドマツなどの薄板を釘で打ち付けて何枚も重ねて屋根にしたもの)、101坪の建坪で、1873年(明治6年)から1880年(明治13年)に建築されました。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

       旧島松駅逓所

 明治時代初期の北海道開拓時代の貴重な史跡で、国・道指定の史跡・文化財として登録されています。

 本駅逓の横には札幌農学校初代教頭ウイリアム・スミス・クラーク博士の記念碑や寒地稲作発祥の地碑があります。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

 クラーク博士の記念碑は、博士はアメリカへ帰国する際に見送りに来た学生や職員達と別れた場所であり、「青年よ、大志を抱け」の言葉を残して旅だった場所ということからの記念碑です。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

 寒地稲作発祥の地碑は、4代目駅逓取扱人中山久蔵が寒冷地の稲作栽培に尽力し寒地稲作の父と称されることからの碑です。

旧島松駅逓所 旧島松駅逓所

旧島松駅逓所のリス 旧島松駅逓所のリス

 さらに本駅逓裏の丘には、明治14年明治天皇本道御巡幸の際に行在所(あんざいしょ)となったことから「明治天皇行在所の碑」、「中山久蔵翁の碑」などもあります。

旧島松駅逓所のリス 旧島松駅逓所のリス

旧島松駅逓所のリス 旧島松駅逓所のリス

 駅逓所の裏で「明治天皇行在所の碑」等を見ながら歩いていましたら、突然ひょっこり現れたサプライズゲストにビックリ! 慌ててカメラを向けシャッターを切りましたが、その素早い動きについて行けずこれが限界でした!

※1 駅逓所の数

 明治の初め頃には、運上屋(うんじょうや)、会所(かいじょ)、通行家(つうこうや)など駅逓業務扱い所は百以上あったとされています。

※ ウィキペディアフリー百科事典「旧島松駅逓所 」「島松市教育委員会ホームページ-旧島松駅逓所(国指定史跡)-」を参考にさせて頂きました。

 ご訪問頂きありがとうございました。

 

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