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  D51   こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。

    今回は、北海道鉄道技術館の屋外展示されている「D51」を紹介します。

 「D51形蒸気機関車」は、国鉄の前身の鉄道省が設計・製造した単式2気筒の過熱式テンダー式蒸気機関車で、主に貨物輸送に用いられました。

 私は、「蒸気機関車」というとやはりこの「デゴイチ:D51」の名前を思い浮かべてしまいます。

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 今では「蒸気機関車」というと特別なものと思ってしまいますが、振り返ってみると私が小学校低学年頃には普通に走っていましたし、時々は乗ることもありました。

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 その頃の身近な公共交通機関というと「車掌さん」が乗っている「バス」でしたし、当時の「国鉄」の列車に乗れる機会といえば札幌の親戚の家に数年に1度遊びに行く時くらいのものでした。

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 『D51237号機の保存について』  (説明板より)

 昭和13年頃外地に転出した蒸気機関車の補充と国内の貨物輸送の良いせいにこたえるため、全国の主要な鉄道工場でD51型蒸気機関車を制作することになった。
 当苗穂工場においても昭和13年9月より製作を開始し、全部で12両の蒸気機関車を新製したが、このD51237号はその第1号機である。
 本機は工場職員の日夜をわかたぬ努力により2ヶ月弱の期間で完成、ただちに岩見沢機関区に配属されその後函館機関区、長万部機関区に転属、昭和48年4月小樽築港機関区所属となり主として貨物列車けん引に活躍した。
 その後、動力近代化の進むなかで昭和49年7月用途廃止となったが、この間約257万kmと実に地球の約64周を走破した。
 現役をしりぞいたD51237号機は当時の苗穂工場のすぐれた技術力を伝えるため、昭和53年10月工場全職員の手により活躍当時の姿に復元し、今般苗穂工場創立70周年記念にあわせて静態保存することとした。

                               昭和55年9月7日
                               第31代苗穂工場長
                                   長倉 徳之進

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  『キハ二5005号の復元について』  (説明板より)

 この車両は、鉄道省として始めて登場したガソリン動車であり、昭和4年7月にキハ二5000形四輪三等荷物ガソリン動車として設計製作した12両中の1両である。
 走り装置は2軸であるがガソリン機関は、当時このクラス最大の船舶用機関を改良した48馬力のものを搭載して翌5年から、仙台-塩釜、徳島-小松島、大垣-美濃赤坂等の区間で、昭和15年まで使用された。
 その後、キハ二5000形式を基礎として、改良されたガソリン動車が次々と登場し、今日の気動車の隆盛をみている。
 今般、苗穂工場創立70周年記念にあわせ北海道鉄道開業100年記念にちなみ、現在のディーゼル車両の活躍をベースに、更に今後の旅客車の発展の礎として、制作当時と同じ状態に復元し静態保存することとした。
 このため車両設計事務所及び当時の関係者から図面、資料の提出をいただき、昭和54年11月から苗穂工場の全職場にわたる熱意ある職員の手により復元工事に着手し、昭和55年2月に落成した。

                              昭和55年2月29日
                              第30代 苗穂工場長
                                   河合 冨士男

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 ※ 記事の内容について、ウィキペディアフリー百科事典「D51」を参考にさせて頂きました。

   ご訪問頂きありがとうございました。

 

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