『北海道開拓の村』-旧大石三省堂支店-
こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。
今回は、「 旧大石三省堂支店(きゅうおおいしさんせいどうしてん)」を紹介します。
(訪問日:2018年(平成30年)6月上旬)
前回紹介しました「旧太田装蹄所」を後にして、隣りにある「旧大石三省堂支店 」へ向かいました。
パンフレット「野外博物館 北海道開の拓村」で「旧大石三省堂支店」の名前を見たとき、「次は本屋さんか?、本を印刷・出版するような会社なのかな…?」などと思いながら店の前へ進みました。
ところが、着いて店の中を覗き見ると美味しそうなお菓子類が木製の戸棚やガラスケースの中に所狭しと並んでいて、「お菓子屋さんなんだ…!?」と意外に思いました。
そのうえ、その中のお菓子類がどれも本物そっくりで「えっ、本物? すごくおいしそ~っ!」と瞬間思ってしまうほどでした。
「ひょっとして本当に本物を並べているんじゃないの?!」と思い、そばによって目を凝らして見てみましたが「う~~ん?」判断がつきません。
その店の中に施設の方がいたら聞いてみたかったのですが、いませんので「その真偽のほど」は確かめることができませんでした。
私が子どもの頃によく口にしたようなお菓子が並んでいたので、懐かしくてその頃のことまでが頭に浮かんできてタイムスリップ気分を味わうことができました。
畑作と酪農が盛んな十勝地方にはスイーツに必要な原材料(豆類やビート、牛乳など)が豊富にあり、現在でも北海道を代表するような大きな菓子店がいくつもあります。
説明板の中でも書かれていたようにお菓子の店舗を出すには絶好の地域「十勝地方の帯広」だったのでしょう。
『 旧大石三省堂支店 (説明板より)
札幌で修業した菓子職人大石泰三(たいぞう)が、大正14年(1925)帯広(おびひろ)町の繁華街電信通りに店舗を求め、菓子の製造販売を始めた建物である。
店は親子二代にわたり、昭和30年(1955)まで営業を続けた。
建物は切妻平入(きりづまひらいり)で、店舗兼住宅の母屋とそれに併設する工場を再現したものである。 』
『 旧大石三省堂支店 (説明板より)
ここでは、大正末期の小規模な菓子店のようすを再現している。
この菓子店では、主人夫婦と2人の職人が建物奥の工場で主に落雁(らくがん)、羊羹(ようかん)、ねりきり、饅頭(まんじゅう)、煎餅(せんべい)、飴(あめ)などを製造し、問屋から仕入れたパンやキャラメル。チョコレート、ビスケット、駄菓子(だがし)などを店舗で販売していた。
また、帯広近郊の農村地帯へ馬車や馬橇(ばそり)を使って行商していた。 』
※ 「北海道開拓の村ホームページ 『旧大石三省堂支店』」を参考にさせて頂きました。
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