『道北の旅Ⅱ』-野塚展望台、野塚駐輪駐車公園-
こんにちは、ご訪問頂きありがとうございます。
今回は、「野塚展望台、駐輪・駐車公園」を紹介します。
(訪問日:2019年(平成 令和元年)7月下旬)
野塚展望台
前回紹介しました姫沼展望台から道道108号線を東へ向かうと、海に突き出た半島のような地形の先端に「野塚岬」があります。
その手前の標高約20m程の高台の上に「野塚展望台」があります。
海に突き出たその地形から、西の方の対岸には鴛泊港の周辺・フェリーターミナルからぺシ岬などを見渡すことができます。
野塚展望台の一角に「ラナルド・マクドナルド」の顕彰碑があります。
「えっ、『ドナルド・マクドナルド』ではありませんよ! 『ラナルド・マクドナルド』ですよ」お間違えのないように…、実は私それを見た時一瞬!間違えまてしまいました「えっ!ドナルド…?」と。
調べてみると、ラナルド・マクドナルド氏は日本で初めての英語の先生で、「日本近代化の祖」とも言われている凄い人なのです。
彼は、英領時代のカナダに生まれ船員で冒険家です。
鎖国時代の1848年6月(江戸時代、12代将軍・徳川家慶の頃)にアメリカの捕鯨船から小船で日本に密入国し約10ヶ月間滞在しました。
一旦、焼尻島(やぎしりとう)に上陸した後、7月に利尻島へ上陸、宗谷から松前そして10月には長崎に送られました。
その時に通訳を務めたのは森山栄之助(後に、ペリー艦隊が来航した際の通訳を務めた)、長崎奉行はその森山栄之助をはじめとするオランダ語通詞14名を彼につけて英語を学ばせました。
翌年4月に、彼はアメリカ船プレブル号に引き渡されアメリカに戻りました。
帰国後、日本の情報を米国に伝え、後のアメリカの対日政策の方針に影響を与えたそうです。
「 『ラナルド・マクドナルドの顕彰碑』碑文より
嘉永元年六月二日(一八四八年) 日本に憬れたアメリカ人ラナルド・マクドナルドが捕鯨船から単身この地に上陸し 長崎に護送され日本人に初めて英会話を教えた これによって英会話に習熟した者たちが 列強と日本との外交交渉に貢献し 日本を滅亡の危機から救った この利尻島の上陸地は 歴史上、大きな意義を持つのである 吉村 昭 」
※六月二日は旧暦で、新暦では七月二日
「 『吉村昭文学碑』碑文より
かれは 磯にむかって手をふった 磯に集まった者たちは しばらくの間 動かずこちらを見つめているようだったが そのうちに二艘の小舟が 海におろされるのが見えた 小舟は 白い海鳥の群れにつつまれながら こちらにむかって進んでくる マクドナルドは はげしく手をふった 吉村 昭作(海の祭礼)文藝春秋社刊より 」
※ 吉村 昭氏
氏による「海の祭礼」は、日本に憬れ船の難破を装って利尻島に上陸したマクドナルドを描いた小説です。
野塚駐輪駐車公園
道路を挟んで向かい側にあるのが「野塚駐輪駐車公園」です。
「利尻島サイクリングロード」のスタート地点にもなっていて、園内には利尻島のモニュメント(利尻山を模したピラミッド状)や公衆トイレがあり、「利尻山絶景スポット」の一つにもなっています。
利尻山絶景スポットと言えば、「利尻山十六景スタンプラリー」(開催期間:5月~10月)というのがあるそうです。
「島の駅&海の駅」でスタンプ台紙を購入し、まあるい利尻島を巡って利尻山の風景写真を撮りながら16ものスタンプ台を捜し求め、そのスタンプを押していくというもの。
宝探し&ゲーム気分を味わえ、さらに制覇したあかつきには景品までもらえるそうです。
実は私、この時こんなスタンプラリーがあることを知りませんでした。
もし知っていたら挑戦していたかもしれません、すっごく残念です!!
一景[利尻町/沓形:沓形公園内]、二景[利尻町/沓形/神居:利尻町総合体育館付近]、三景[利尻町/仙法志/長浜:長浜大空沢付近]…などなどです。
これから利尻島を訪れてみようとお考えの方は、「利尻山十六景スタンプラリー」で検索され、詳しい内容をご覧ください。
※ ウィキペディアフリー百科事典「利尻島 」、「ラナルド・マクドナルド」、「利尻富士町ホームページ」を参考にさせて頂きました。
ご訪問頂きありがとうございました。
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