『夕張そぞろ歩き』-夕張シューパロダム-
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旧大夕張鉄道線の駅を訪ねようと、夕張市清水沢から国道452号線を東へ進む中で、前回紹介しました「旧南大夕張駅跡」に辿り着きました。
当時はこの「南大夕張駅」の先、「シューパロ湖駅」から「農場前駅(臨)」、「明石町駅」、・・・「大夕張炭鉱駅」まで六つの駅があったようです。
1987年(昭和62年)に大夕張鉄道線が廃止されて以来1990年代後半には駅舎は解体されて、現在その駅跡は「夕張シューパロダム」の底に沈んでしまっているのが大半ということが分かりました。
尚、さらに詳しくお知りになりたい方は、他のブロガー氏がダムの底に沈む前に詳しく調べられた貴重な記事や画像を拝見しますので、そちらをご覧ください。
そこで駅跡を訪ねるのは難しいため、今回は「夕張シューパロダム」を紹介します(その後の駅跡は見つけられなかったので、ダムへ向かったというわけです)。
2015年(平成27年)に堤高110.6m・重力式コンクリートダム「夕張シューパロダム」が竣工しました。それまでは、堤高67.5mの同じく重力式コンクリートダムの「大夕張ダム」が直上流155m先にありました。
大夕張ダムは、1962年(昭和37年)に竣工し灌漑・発電目的に造られた農業用ダムで、治水機能は限定的でした。その後、13.3mかさ上げする計画もありましたが、1981年(昭和56年)台風12号による未曽有の大水害が起こり、再検討の結果「夕張シューパロダム」が建設されることになりました。
夕張シューパロダムが竣工する前年の2014年(平成26年)、試験灌水が開始されると大夕張地区(鹿島)の大半が(上流にあった大夕張ダムも)水没してしまいました。
特に、ニュース等で報道されたのが「三弦橋」でした。三弦橋は三弦トラスという断面が三角形をした構造で国内唯一・世界的にも見ても珍しい橋で、それがダムに沈んでしまうということで一層話題になりました。
「シューパロ」の名は、アイヌ語の「シ・ユーパロ」(本当の(源の)・鉱泉の湧き出る所)からで、「本当の(源の)夕張川」という意味だそうです。灌水面積1400haで雨竜第一ダムに次いで日本2位、総貯水量4億2千7百万㎥で4位の国内屈指の大貯水池です。
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